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竹島健児プロフィール

竹島健児氏からアトピー性皮膚炎の方へ向けてのメッセージ

1933年9月23日、東京都大森区山王でせいを受け、それから11年後,宮崎県に戦争疎開。母方の祖父母に愛され、自然の中で元気よく育つ。祖母は、当時には珍しいアトピー性皮膚炎で、夏は夏で、冬は冬で苦しみ、祖父も祖母の苦しみを取り去るために、あるとあらゆる手段を高じた。特に夏は発汗作用が激しいため、周りで見ている者もつらかった。冬は、皮膚が突っ張って腕が曲がらなかった。同時に夜は痛みと痒み、発汗で眠れなかった。

祖父はドラム缶を買ってきて、上部を切り取り、風呂を作り、祖母の汗を流させた。子供ながらにおばあさんの痒みを和らげるために、全身をかいてあげ、つらさをいっしょに味わった。

当時は戦時中で大変物資が少なくて、薬までは手が回らなかった。そこで、祖父は薬を手に入れるために薬屋を開業し、自転車で村々を回り、多くの人の病をも治す手助けしていた。今でも田舎に帰ると薬屋の正吉の孫という
と通じる程、祖父は有名だった。

母の産まれ育った家は昔ながらの庄屋の家柄で、当時は小作人を沢山抱えていた。祖父は祖母のアトピーを何とか治したい一心で、益々近代医学の勉強に入り深みにはまっていった。その為、農業の主となる果樹園を辞めて、
東京まで足を伸ばし新薬を集めるほど熱中した。しかし、どうやっても薬では一向によくならないのであった。そこで祖父は、自然に自生しているどくだみ、よもぎなど薬草をとってきてはすり鉢ですって、草木の汁で洗ってや
るようなった。その内、薬草を栽培するようにもなっていった。

薬草によって痛みなどは相当楽になっていった。ソフトロベリアの原点がそこになった。しかし、すでにそれでは追いつかなかった。疎開から30年の歳月が流れ、祖母はアトピーで苦しみぬいて亡くなった。祖母を通して、皮膚の大切さと重要性を知ることになる。私は子供の頃から本を読むのが好きで、アフリカ大陸でも動物達が生きるために負った怪我を草むらのある草をかんで、その汁で怪我を治し、体調の調整を自然に行っていることを知り、それが発端で世界中の古老から伝承されている物を訪ね歩き、調査していった。研究で主になった事は、痛み、かゆみを留める事、ただれなど皮膚を正常に戻す事だった。その中で、人間は自然治癒能力をもっていることがわかった。この研究は20歳から始まり、57年に及ぶ。アトピー性皮膚炎を正常にする事は成功した事が分かった。何事にもそうなように、アトピー性皮膚炎にはアトピー性皮膚炎になる原因が必ずある。対処両方ではダメである。本質から当たらなければならない。私はこれまで一人ひとりと真剣に向き合い、今までに1000人以上は当たってきただろうか?アトピー性皮膚炎は現在では治せる所まで研究は進んだ。一人でも多くの方が苦しみから解放されることが私の真の願いである。どうぞ、勇気を持って、真素肌美容の門を叩いてください。

竹島健児(たけしまけんじ)

竹島健児 1933年東京都太田区大森山王生まれ。1953年皮膚と健康体の研究に入る。1980年(社)全国日本学士会から「老化角質連続剥離と一連の方式」理論 が認められアカデミア賞を受賞、名誉会員となる。1981年(有)日本素肌美容研究所を設立。1983年(有)ベルポーを設立。独自の製品研究と自主生産 を行う。1985年独自製品二件の開発で製法特許を取得。1996年米医学財団理事に就任。1996年米国ホノルル大学にて、健康科学哲学博士の称号を取得

 

1933年 東京都大田区大森山王生まれ。戦時中は宮崎県に疎開。
1953年 皮膚と健康体の研究に入る。その後、香粧品学・細胞学・食品学・栄養学・微生物学・植物学・東洋医学など広く学びつつ日本全国を歩き、老人への聞き取り調査を基本に、古来より伝承されている民間療法に関する調査研究を重ねる。
1965年 国内調査研究をほぼ終了。「老化角質連続剥離と一連の方式」と題する論文の概要を完成。その充実のため研究視野を国外に向ける。とくに世界各地に伝承研究されている療法と、草木・果実・花・動物・鉱物からの抽出物に着目、収集。三十四カ国を訪問し集めた自然抽出物原料は八百二十種に上る。
1970年 十七年かけた研究理論「老化角質連続剥離と一連の方式」の論文が完成、実用化に入る。
1980年 (社)全国日本学士会から上記理論が認められアカデミア賞を受賞、名誉会員となる。
1981年 (有)日本素肌美容研究所を設立。これまで2000名以上の皮膚美容家を育成する。
1983年 (有)ベルポーを設立。独自の製品研究と自主生産を行う。
1985年 独自製品二件の開発で製造特許を取得。
1996年 米医学財団理事に就任。
1996年 米国ホノルル大学にて、健康科学哲学博士の称号を取得。
1996年 (社)韓日協会訪問委員より副会長に就任。よりボランティアに励む。
1999年 沖縄県北中城村に日本健康科学研究所を設立。この地に新規化粧品生産工場を設置、製造許可を取得。
2010年 茨城県水戸市に教育施設を完備した日本素肌美容研究所水戸を設置。

 

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